
▲潜水艦桟橋まで意気高くデモ行進(12月20日)
二〇二四年三月、日鉄呉跡地について、防衛相が一括購入し「多機能な複合的防衛拠点」とする意向を表明した。
全国の反戦の声を上げる仲間たちが、呉を再び軍事拠点にはさせないと声を上げ、二〇二五年一二月二〇日、呉現地集会を開催した。
呉市警固屋(けごや)体育館で、「呉を再び『軍港』にするってほんとにいいの? 呉の未来を考える 12・20集会」が、「戦争させない・9条壊すな! ヒロシマ総がかり行動実行委員会」「総がかり行動呉地域協議会」「日鉄呉跡地問題を考える会」「戦争止めよう! 沖縄・西日本ネットワーク」の主催で開催され、全国から四〇〇名余りの仲間が結集した
開会挨拶で是恒真澄さんは、沖縄、奄美から始められた戦争準備が全国に広がり、軍事拠点として強化拡大している地域では、それぞれ個別の闘いを強いられている。戦争準備を止める声を強めるためにはつながり、連帯して闘うことが必要。一一月の呉市長選挙に三選した新原市長は「日鉄跡地の軍事拠点化は誇りであり、呉の未来を止めることはできない」と発言。世論調査では市民の66%が賛成、反対は6%だった。戦争があると人口が増え、好景気になり、平和になると不景気になり、人口が減った。戦後、戦犯都市と呼ばれ、呉市民は二度と戦争は繰り返してはならないと、「旧軍港市転換法」を選択した。しかし今、再び呉は岐路に立たされている。私たちは誰かを敵にし、誰かを味方にするのではなく、平和を味方にしたい。全国の闘いとつながり、希望ある未来をつくるための運動のスタートにしよう、と力強く発言した。
呼びかけ人の有田芳生さんは、高市政権になって、今、歴史の重大な転換点に立っている。沖縄の人たちは高市政権の辞職要求の声を上げている。日本を危機的状況に陥れようとする高市政権を打倒するため、力を合わせともに闘おう、と訴えた。
呉からの報告では、宮岡照彦さんが、子や孫の世代にどんな呉を残すのかが、いま問われている。戦争のにおいがする街に若者は来ない。教え子を再び戦場に送ってはならない。子や孫が誇れる呉をつくっていこう、と訴えた。
横須賀の木元茂夫さんは、弾薬庫に直接荷揚げするための岸壁工事が急ピッチで進められている。弾薬庫は日米共同使用になり、海上自衛隊では初めてトマホーク搭載の準備が進められている。旧軍港が連携して平和産業港湾都市になるよう連帯して闘おう、と述べた。
熊本の海北由希子さんは、自民党支持者が多い熊本の健軍駐屯地に一〇〇〇キロメートルの長距離ミサイルが配備されることを聞き、市民が県議会議事堂の前で反対集会を開いた。この動きに防衛相も危機感を覚えている。反対の声を広げていこう、と発言した。
その後、集会アピール(案)が読み上げられ、採択された。
石口俊一さんの閉会のあいさつの後、警固屋体育館から日鉄跡地を通り、潜水艦桟橋までのピースウォークがあった。
解散地点の潜水艦桟橋では、年末ということもあるのか、帰航した潜水艦が多く、戦争と切り離せない日常がここにはあると海風の冷たさを一層感じた。

コメントを残す